家元制の値段の秘密 |
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外国人の生徒さんに、名取は50万円かかる、と言ったら まず大前提として 小山貢山 気づかないかもしれせんが、これ、全て家元制です。師範になると弟子が出せる。そういうシステムです。
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津軽三味線での家元制は真似事に過ぎない。という批判や、 家元制は、所属していない人には、非常に非効率的で逆に普及を妨げるものにしか見えないのかもしれませんが、 それでも家元制が普及するのには理由があります。 芸の伝承形態としては 他にも民俗芸能や、寺に伝わる芸能、お上が伝承する雅楽などの形態があります。 家元制のメリットとしては「芸の形がそのまま残る」こと。 民俗芸能では芸が変わってしまうというデメリットがあります。 お上が伝承する雅楽は割合とそのまま残っていますが、民間で型通り伝承するには 家元制はメリットがあるのです。 どう弾いてもいい、何を弾いてもいい というのは伝統文化ではありません。 和楽器でカバー曲や現代的アプローチを する人はいません。 そんなことをするならギター、フルートでやればいいだけの話だからです。 これから商形態としての家元制の話をします。 カルチャーセンター、音楽教室は、 講師配分比率は高くても月謝の4割が普通。 一番長くやってたところは、貰える金額は悪くないものの、 全く体験レッスンがゼロになり、自宅の方は体験がたくさん来ていたので、退任しました。 生徒はたくさん来ても時給換算800円のところ、 土曜日つぶれて千葉まで行って 交通費さえ出ない 、 とか、音楽教室・カルチャーは大変なところです。 家元制が敷居が高いという「イメージ」から、そういうところに人が集まるワケですが、 カルチャー・音楽教室の日本文化先生はほとんどが「家元制に属している先生」。 別に家元制に所属してる先生だから正座だとか、厳しいワケではなくて、 中身は同じなんです。 単純に「家元制は高い」「厳しい」という 「イメージ」を壊したことが成功の秘訣でその意味では評価できると思いますが 実際はそういう音楽教室の方が、講師配分分の上に、 広告費やスタッフの人件費、施設代も上乗せされてるので、総額払う分の金額は高いのです。 茶道の家元先生が、「カルチャーセンターは文化の破壊者」 とおっしゃっていましたが、 薄給にあえぎながら、巨大資本による宣伝効果で、頼らざるを得ない状況が、日本文化の中にあるワケです。 芸術というのは、お金をかけないといいものが出来ません。 先生が食えなくて、バイトしてるような業界には誰も入って来ません。 家元制批判者の中にも武道好きの方がいらっしゃって、気づいていない人も多いようですが、武道は大きいところはたいていが世襲制の創始者一族が、免状を与える制度、つまりは家元制。
敷居が高いから普及しないんだ!敷居を低くしよう! というのは良くある論調ですが、 敷居を低くする→講師、演奏収入の減少→文化の担い手の減少→習う所、演奏家が減る→文化の衰退 音楽教室やカルチャーセンター、 こそが、文化を破壊する要素のあるものであって、家元制は、文化を守っているものである。 という事実に、日本人も気づくべきでしょう。
が多いのか。 だったら最初から 入らなければいいではないかと思うわけですが、 それには理由があります。 家元制は優れた先生を沢山生み出してきたわけです。 そりゃそうです、ずっとそれを専業に出来るわけですから、教えるのが上手くなるんです。 奏者とは別のスキルなんです。 ですから 「たまたま入ったところが殆ど家元制」 中には勘違いする方もいらっしゃり誤解を生む場合もありますが、
「うちの広告費で取った生徒だから、直接連絡しないように」 「自分の生徒さんの発表会等には呼ばないように」と釘を差すところが殆どです。 お弟子さんのレッスン料から、 6割以上も中抜きするなんて、
津軽三味線の名取システムが無い教室で、一回の月謝が4〜5万というところもあります。
規制をかけていたり、 そういうところからブログ削除お願いしますと来たこともあります。 こちらはJASRACに許諾を得て使っているにも関わらず、
私の所属している小山流では楽譜を公刊していますから、 なんてのはただのイメージで、 家元制=トップダウン コミュニティ=全員が同列 ですから様々な意思を反映しなければいけないので、規制が多くなるのは当然です。 コミュニティの代表がトップダウンで決めるのであれば、家元制となんら変わりがありません。 当教室は小山流所属ですが、 他の流派である澤田流との合同発表会、外部講師を呼んでのワークショップ等しています。 「流派の障壁」、、いつの時代のことを話しているのでしょう?? 「別にしなくてもいいけど、言ってくれると、お世話になってます。って言えるからね。」
箏(琴)の知り合いてボップス弾くなら教室辞めなさいと言われて辞めたという話も聞いたことがありますが、 芸大のバイオリン科でも学外演奏の際は先生の許可が必要であったりという話も聞いたことがあるので、 家元制の是非とは何の関係も無い話です。
逆に「津軽三味線は自由なものだ!」「しきたりメンドクサイ」等と人間関係を円滑にするための礼儀を否定する人は往々にしてトラブルメーカーだったりします。 なお演奏の際、師匠にお伺いを立てる。的なことは、 家元制=メンドクサイ 日本の保守の権化 等は何も知らない人が言ってるだけのことです。 きちんと言えば「OKだよ」と一言言って終わりです。 逆に言えばサークルの規約と同じ程度かあるいはそれより緩い規約があるくらいです。 もともとホイド芸といわれていた芸に家元制なんて、、という批判もとある先生から聞いたことがありますが、昔は師弟と言っても、寝食をともにしたり、それくらい濃い関係であり、それであれば先生として月謝を貰って教えるのもおかしいワケで、歌舞伎も昔は河原乞食と言われたものが今では伝統芸能の代表みたいな顔をしていて、文化は変容するもので、全く当たりません。 津軽三味線の歴史が浅く、茶道や歌舞伎などに比べれば扱いは軽く、津軽三味線の家元制は真似事に過ぎない。 という批判に対して、合気道の歴史 1945年〜 箏(琴)最大流派 1959年〜 生花草月流1927年〜という歴史を考えると、 事前に説明が無いしきたりやお金がある 私も茶道ではお中元とお歳暮で入ってからお月謝一か月分、と説明されましたが、先生に対する感謝の形として、また日本文化でもチップのように感謝をお金で表すんだな、と感嘆して、喜んで払っていましたし、誰もそれに関して文句をいう人はいませんでした。 むしろ先生に対するお金なのに、何故嫌がるのか、私には理解が出来ません。(私は小山会でも共益費としてお支払いしていますが、私は生徒さんから貰っていません。払っていない人もいるようで、任意のようです。) 日本における家元制の大組織は歴史の浅いものが多く、歴史の古い方が正当性は増しますが、歴史の古さは家元制の構成要件に全く関係が無く、また 扱いが軽いというので厳しくすると、結局それは批判につながるので、結局厳しかろうが、軽かろうが、ただ批判したいだけではないかと思います。 津軽三味線は即興を主体とする芸のため、同一性を保持する側面が薄く、流派より個人差に占める部分の方が大きい。という批判に対して、 個人教室で月謝1万円、普通の先生は30人程度生徒さんがいればいい方ですから、 30万のうちから教室家賃・楽器維持費・を除いたら家族も養えません。
家元は先生・教室のトップ・ロックスターがいい車に乗っているのにあこがれてその世界に入るように、
家元制を批判して流派を超えた会を作って家元化、という話は
「免状システム」があったからです。
親の介護でずっと続けたいと思っていた三味線を辞めざるを得なくなった。 という方も沢山いらっしゃいました。 「そんなに金のかかる趣味ならやめろ」と言われたそうです。 しっかり免状を取ってプロとして活動していれば 「仕事です」と言い張れますので 辞めなくて済んだハズです。 何故50万と高いのか、これに関しては文化的価値に関する話で、あまりに安いと文化的価値が無いとみなされるから。と答えておきましょう。 例えば黒帯の登録料が10円だとしたら? 蚤の市で売っているような茶碗でも、 10円で取れるものは10円の価値、 50万円するものは50万円の価値に見えるわけです。
またコンサルやコーチング等は10万〜50万円ととても高額ですが、 何故その値段なのか、説明できる人はいません。
思うに昔は日本全体が裕福で、趣味にかけるお金があったのでしょう。 半分入ってくるとすれば、弟子で 5人免状を取る人が出れば元が取れる計算です。 50万円でも5人以上は弟子が普通に免状を取るのが普通だったので元が取れた。ということでしょう。
コンビニ、ディズニー等ライセンスビジネスは 誰もが消費者として恩恵にあずかっているはずです。 日本文化にかかわる人は「確実に」 家元制の恩恵にあずかっているのです。 家元制に属することによってかかわる人が経済的に豊かになり、 したがってお金を使うばかりでなく稼ぐことができ、
習い事を継続できる。そういうシステムなのです。 家元制が無い教授産業は、元々お金のある人か、家族の他の誰かがお金がある人、 自分で演奏から運営まで、 やっていける一部の実力のある人、 そういう人しかやっていけない世界になるでしょう。 事実、当教室は 実家の一部屋を格安で借りて、何とかやっているだけです。
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マルチ商法と家元制度は真逆のシステム ビジネスとのしての家元制を これは単なる法律知識の欠如で、 ねずみ講-違法 になります。
ねずみ講 は 無限連鎖講という言葉もあるように、ヒエラルキーが無限に続きます。
家元制 =有限連鎖 になります。 家元制では 玄孫くらいまでの会員しかいませんが、ねずみ講は無限に連鎖が続き、 下の人が上には絶対行けないので違法になります。
逆に言うと家元制でも無限連鎖にすれば 法律に違反するのです(実質は技術の習得に時間がかかるので無限連鎖にはできません) 親が子に、子が孫に、というところは確かに似ています。それは弟子に生活をシステムを与えた、ということでいい面もあるのです。 現場で稼いだお金を上が吸い上げるのは似ていますが、それは従業員がいて経営者がいれば全てがそうなります。 たとえばユニクロが派遣を鬼軍曹みたいな上司のいる現場でこき使ったお金で店員が販売して得た利益を搾取して(友人経験談)、柳井さんが豪邸に住む。普通の企業と全く変わらないのです。 資本主義でシステムが成熟するとそうなるので、これは資本主義自体の問題としかいいようがありません。 ヒエラルキーを否定するのであれば社会主義に鞍替えするしかありません。 家元制が免状から半分取る、という話を聞いて「普通はそんなに取らないと思うよ」友人談。 実情を全く知らないのだと思いました。大手音楽教室で私も教えていましたが、宮地楽器って音楽教室は月謝1万くらいでしたが、 講師配分比率が月謝の6:4の 4の方が平均・6割も持っていくのです。 新聞社系列のカルチャーセンターは5:5だけど交通費無し。カルチャーセンターは講師料が月2で5000円程度で元が安いから、安くって大変でした。 人が来るからと、家元クラスがたまにカルチャーセンターでそれで教えてるという、、、 家元制否定楽器プレゼント教室は時給800円でした。月謝が14000円くらいでしたから、驚愕の9割搾取でした。 家元制否定教室の資本金は今三億円。講師を搾取して利益を吸い上げているわけです。 カルチャーセンターとか音楽教室の生徒をいかに自宅に引っ張るかが鍵なのですが、時給800円のとこは生徒引っ張るなと念書書かせる始末。で、スト起こされていました。 家元制では自分の生徒は自分の生徒で、家元の生徒ではありません。家元制より搾取も束縛もきついのが一般企業体です。それで家元制をぶっこわせと書いているのだから片腹痛いとしか言いようがありません。 演奏派遣会社も同じで、大体は6割くらいは取っていきます。それでも演奏は単価が高いのであまり不満は私は無いのですが、 某演奏派遣会社は元値が安いので驚愕の一日4000円のギャラで演奏家を募集しておりました。 表彰された人がスピーチで「音楽家の生活を守れ!」と言って場が凍り付いた、という話も聞いたことがあります。 これを友人に言ったらそんなに取るの?と目を丸くしていました。 家元制はマルチ商法と同じで末端はもうからない 継続性が無い 、、、 名取が50万とすると半分は入ってくるので 儲からないという批判も全く当たりません。
室町時代から続いてますけど?
マルチ商法と家元制の違いですが、 全く違うとしか言いようが無く、どこが同じなのか教えてほしいくらいです。 マルチ商法=商品売りつけてくる 家元制=試験を受けないと免状が取れない。 また「ノルマがあるか、ないか」「売りつけるか、試験があるか」 の違いでしょう。 家元制で 免状何人出せ等 ノルマがあるのは聞いたことがありません。 マルチ商法はノルマがあるので 家元制は試験に通って許しを得る形で、試験に通らないと免状はもらえません。 ただマルチ商法は先に述べた有限連鎖で、下の人間が上に行ける可能性もあるので合法になります。 名取をどうしても取りたいが楽譜が覚えられない生徒さんがいて「楽譜見ながらやっていいですか」と聞きましたが 「ダメですね〜」 でした。 ただの集金システムという批判があるならば、 OKに決まっているワケです。
そこが一番にして真逆ともいえる違いなのですが、あまり良く調べもせず言ってくる方、批判精神から同じもの。と条件反射的に言う人が多いのと、どこにネット上に描いてなかったのでここに書いておきます。
私は一度もどこの家元制(過去に茶道・琉球民謡協会・現在合気道・津軽三味線に所属)からも免状を取れと言われたこともないし、生徒にも現在全く勧めていません。 モチベーションを上げる為に取りたい人は取ればいい、という考え方です。
マルチ講が必死になって会員を増やそうとするのと真逆なのがお分かりかと思います。 https://www.eys-musicschool.com/sp/article/iemotoseido.php インターネットによって家元制度の「優れた」と評された部分は、全て無意味になった。 との記述がありますが、 これは武道が家元制であり、今でも国内外で何百万の沢山の黒帯を排出し続けていることを知らない単なる勉強不足です。 無意味になったのなら何故今でも和楽器界でも沢山の名取・師範・(ある流派では1年に50人程度) 武道界でも大量の黒帯 が出ているのでしょうか。 ネットで調べればすぐ出てくるようなことすら調べず、イメージで書いたのでしょう。 >高級な紋付はかま姿の家元が、豪華な日本邸宅に住んでいる……そんなイメージや妄想がついつい頭に浮かんでしまう。 普段から袴履いて歩いてるワケないじゃないですか笑 茶道の家元もお稽古では着流しですし公の場ではスーツ。あんな階段の上りにくいものをはいて生活してるワケありません。 私が所属していた茶道の家元は「うちは月謝と免状代だけではやっていない、先祖代々の土地にマンションを建て、その賃料でやっている」 とおっしゃっていました。 このHPの運営の会社は資本金3億円・YAMAHA音楽教室より多いのです。豪邸に住んでるのはあなたの方でしょう。
外国人が「忍者やサムライはまだいるのか」と聞いてくる同じレベルの人が批判しているのです。せめてもう少し勉強してから書かれることをお勧めします。 しかもこのページでこれについて語っている人は家元制の所属、もしくは以前に所属していた人。だから言わされてる感満載で批判も柔らかくなっていますね。 そしてここの会社は「のれんわけ」システムを始めました。 自分が動かなくてもいいシステム、ライセンスを売る。家元制と全く同じであることに気づいていません。 私の所属している日本文化系NPOでも、代表が「家元制があるから普及しないんだよな」と言っていましたが、今では認証書を独自で発行しています。 結局資本主義はそこに落ち着くんです。 家元と言っても色々いますから、
勿論裏千家さんのように家元の稽古料5万、日本舞踊のように師範になるのに数百万かかるところもありますが、 家元制に所属せず個人でやっていても津軽三味線で月謝5万円を取ってやってらっしゃる方もいて、 十把ひとからげに「家元制は金持ち」というのが既に単なる勉強不足によるイメージに過ぎないのです。
コンビ結成10年で売れなければ大体解散するお笑い界。 真打という制度があって還暦すぎても続けられる落語界。 どちらが安定したシステムでしょう? 津軽三味線の大会の優勝者は殆どが若い人です。例えば40才から初めて A級で優勝するのは絶対あり得ません。 若い頃に活躍しても、年を取ると実力が衰えてだんだん手は回らなくなるものです。 家元制は、長くいれば必ず上に上がれるシステム。賞レースは非情にも年を取ればだんだん順位が下がっていくシステム。 若いころは家元制くそくらえでいいですが、
家元制への批判は多くが だけであることもお分かりでしょう。 昔の師匠と弟子というのは、結婚の世話などを含めた ある意味家父長制的な、 濃い信頼関係のつながりを作ってから、免状を取ってもらう。ということがあったのですが、 信頼関係が出来る前、あるいはお金の無い人にお金の話をされたら引くのは普通の電話営業でも同じです。 マルチ商法もきちんとやっている方は、信頼関係を構築した上でやっているようです。
確かに昔は勘違いしている先生もいらっしゃってトラブルがあったことも聞きます。 それは個人的な人間関係の問題であり、 たまたまいいところに行ったんだね、といわれたこともありますが、 いい家元制と悪い家元制があるなら、それはその団体の問題であって、 家元制の善悪とは全く関係が無い。 なおかつ家元制が日常に根差していて、今ではトラブルを起すような人は淘汰されいいところだけ残った。 と言っておきましょう。
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免状は実力を表したものではない。 免状は実力を表したものだと勘違いし、「何故飛び級がダメなんですか」 実力を表したものであるならば、柔道金メダルが10段で、年を取るごとに段が落ちて行かないといけません。 免状はそれに向けて頑張ってください、という意味合いやその芸道に対する貢献度なども含まれているのです。 私も唄付けも出来ないころ名取を取り、名取だからと出来ると思われて仕事を振られたら出来なくて一生懸命練習して出来るようになった想い出があります。 また剣法の奥義の許しには 金許しは多額の金子を受けて 義理許しは主従のあいだまたは何かの情実のために
というのは有名な話です。 金銭的に余裕のある方は先生をささえる意味でも 高額を払って 先生の生活をささえ、技術の向上、また先生のブランド化によって 自己研鑽の励みにしたワケです。 ある方からメリットにつきこのような意見を頂きました。 伝統芸能または伝承芸能として『芸の系譜が分かること』これも大きな所です。 多くの先人たちが人生をかけて編み出してきたであろう、培ってきたであろう知恵やテクニックといった『遺産』それらを濃縮したものを筋道を立てて学ぶことが出来る。また同じ芸を持つ仲間達と研鑽をすることが出来る。 伝統芸能はカテゴリーによっては音楽は勿論、奏法、ニュアンス、用語も異なります。 これらは『何でもあり』では得られない快感と幸福です。人間一人が一生の内で『開発』することは僅かですが、家元制度という芸の保存、芸の濃縮機構であるからこそ発生する愉しみであるのです。 尺八の方に 尺八の世界は相伝しても名字が変わらない場合が多い気がしますが何故でしょう?と聞いたところ、 長唄なんかは『家』の芸ですけど、虚無僧なんかは個人も個人ですから、だからかと思います。箏曲もいわゆる盲目の方なので『家』ではなく『個人』に準じている、だから三曲の芸名は養子に入らない限りは姓を伝承しないのかなと。
ということでした。 |
おまけ 友人に 「君は今 、家元?」と聞かれた。 「そんなワケないだろ」 と答えた。 彼はどうやら 「親元に住んでるかどうか」を聞きたかったらしい。 というウソみたいな本当の話。
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